BALL SHIRTS

球体の服

「生物」としての人間と対極にある「記号」をテーマに、球体に合う服をつくった。
人間の体が球体のかたちであるはずはない。まず、常識としてきた「体に合う服」を疑った。次に「体に合わない服」を徹底して考え抜いた。その結果が球体に合う服だった。最後に、球体が着ていた服を人間がまとった。ドレープが自然に現れ、独特なかたちを服に与えた。着心地は悪くない。

シャツ

一日中、シャツを見ていた。
来る日も来る日も、一日中。
シャツを観察していた。
シャツについて考えていた。
もう一週間にもなる。
シャツには触れない。
自分にそのことを課していた。シャツについて徹底的に考えるためだ。アンリアレイジが大切にしてきた「手仕事」から距離を置く。だからシャツに触れてはいけない。

観察

手を動かすのをやめよう。
手を動かす代わりに、考えよう。
考えるために観察しよう。

考えるためにシャツを観察した。1週間が過ぎても、考えは何も浮かばなかった。シャツに触れたい衝動に駆られた。しかし、我慢した。後戻りしたくない。先に進みたかった。
信じようと思った。
手を動かすことと、考えることは同じ価値を持つ。膨大な時間を手仕事にかけることと、膨大な時間を考えることに費やすことは実は同じだ。

トルソーと人

シャツの襟が三角形をしているのはなぜか。
シャツの袖口に開きがあるのはなぜか。
シャツの裾が湾曲しているのはなぜか。
シャツをつくる原型となる人体型の
トルソーについても疑問が湧いてきた。

人が着るシャツをトルソーに着せるのはなぜか。
バランスのとれたトルソーは何を着せても美しい。でも人はトルソーとは違う。トルソーの9号サイズは、バスト83センチ、ヒップ91センチ、ウエスト64センチが標準となっている。その標準サイズとまったく同じ大きさの人間が世界77憶人のうち、どれだけいるのか。今までトルソーに合わせて服をつくってきた。しかし、トルソーに合う服は人にも合うと勝手に思い込んでいただけではないか。


一つのトルソーを基準として服をつくるということは、多様な人体に合わせて服をつくることを結果的に排除することになる。それはナンセンスで、暴力的であることに気づいた。
トルソーは一般的に5号から21号まで奇数番号で示される。偶数番号のサイズはなく、その大きさは存在しないものとして扱われている。バストとウエストは数センチピッチでサイズが違う。人の体は千差万別。体の大きさも幅も、手足の長さも、数センチピッチで違うわけではない。それぞれのサイズは本来、境界をもちながら連続している。服が体に合わせるのではなく、体が服に合わせている。ファッションの世界では服が人に合わせるのではなく、人が服に合わせている。

布と石

「刻まれるファッション」より、「連続するファッション」を好む。日常と非日常は連続していて、生と死も連続していると考えていた。アンリアレイジの名前はその表れだったはずだ。なぜだろう。そこから随分、遠くに来てしまっていた。

母は若い頃、服飾の短期大学へ通っていた。最初の授業の課題は、いびつなかたちをした石ころを一枚の布で包むことだった。平面の布で立体の石を過不足なく覆うことだった。ずっと昔に母から聞かされた話を思い出した。すぐに石ころを拾ってきて、今度はそれを観察した。

布は平面、石は立体。服は平面、人の体は立体。弁証法的に言えば、互いに対立する。平面の服に対し、対極にあるのは立体である体だ。面から最も遠いところにある立体とは何だろう。
それが球体であると分かった時、アイデアがひらめいていた。

球体

原子核を回る電子も球体だし、天体も同じ球体だ。ミクロの世界からマクロの世界までを貫く根源的なかたちが球体である。

球体を服にできないだろうか。
アトリエの近くに明治神宮野球場があった。散歩のついでに野球を見た。ふと野球のボールに関心が向いた。皮でできた硬式球をすぐに買った。次にバスケットボール、サッカーボール、バレーボールと手当たり次第だった。最後はビーチボールまで求めた。ボールを分解して驚いたのは、ボールの種類によって球体を包む布のかたち、パターンが異なることだった。多彩な構造に驚いた。最もシンプルな野球のボールは、たった二枚の布で完全な球体がつくられていた。

似合わない

小さなヒントは大きなヒントを生む。僕はミカンが好きだ。ミカンの皮をむいていた時、服の設計図を描くパターンメーキングとミカンの皮むきの共通点に気づいた。ミカンの皮の内側の実は、人の体であると。ミカンの皮にナイフで線を引くとシャツのかたちになった。ミカンの皮はどんなかたちにもむける。
答えが見つかった。

四つの穴が開いていれば人はどんなものでも着られる。頭と両腕、胴体が通るための穴が開いていれば、どんな布も服になる。世界中で「誰の体にも似合わない服」は、球体にフィットする服だ。これは従来追求されてきた「誰の体にも似合う服」という幻想を浮かび上がらせる。球体にぴったり合う服をつくることで、画一化された服づくりの根底に潜む「ゆがみ」「ずれ」「ひずみ」をあぶりだすことができる。
もし人が球体の体を持っていても、穴が四つあいた服ならば着ることができる。

球体がまとえる服をつくれるなら、三角錐も直方体も同じようにデザインできる。
球体にこだわったのは、〇がかたちの基本であり、誰もが知るシンプルな記号だったからだ。


球体の服はこうして誕生した。直径60センチの球体、一辺75センチの三角錐、一辺45センチの立方体を人体に見立てて着せた服を展示した。ボタンは立体の直角に合わせ、肘は三角錐のかたちに添うように変形させた。シャツやトレンチコートは立体から脱がされ、人が着ると新たなかたちをつくった。球体のシャツは、フロントが歪み、背中にドレープのひだが寄った。立方体のトレンチコートは、ケープジャケットに近いシルエットが現われた。

1週間、シャツをただ眺めるだけの時間を惜しんでいたら、変われなかった。こちら側から一番遠いあちら側に答えがあることを見つけられなかった。服のかたちを根本から問い直すシリーズを始められなかった。
ナンセンスで暴力的な側面のあった「日常」の服が美しく見えるときがあるように、「非日常」の球体の服が美しく見えるときがあっていい。とことん考え抜いてできた服はシンプルだった。

BALL PROJECT
meets TAKASHIMAYA

Available from 8/24

〈アンリアレイジ〉と20周年を迎えた〈CSケーススタディ〉の初めてのコラボレートが実現しました。
人と人をつなぐ服 “球体” をコンセプトに、再生ポリエステル糸を使用した、誰もが着用できるコレクションをご紹介します。髙島屋では、サステナブルな循環型社会の実現を目指すプロジェクト「Depart de Loop」のもと、リサイクルシステムを持つ企業とパートナーシップを組み、“循環型のものづくり” を行っています。

これらは全て、ファッションを楽しむと同時に、環境負荷を減らすため、リサイクルが可能な循環型商品として、再生ポリエステル(BRING Material™)を使用し、様々なブランドとコラボレートしてプロダクトをつくり、販売しています。これらのプロダクトは、お客様に長くご愛用いただきご不要になった際は、髙島屋のご購入店舗へお持ちいただくと店頭で回収します。

回収後は、繊維原料などに再資源化して、また新しい服やモノに生まれ変わらせます。
髙島屋では、商品を “売りっぱなし” にするのではなく、「商品の販売とともに回収もセット」で行うことで、循環型社会の実現を目指しています。

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